「タスクシフトを進めるように言われたが、何を誰に移せるのか、看護部と医局で話が噛み合わない」——病院の事務長・看護部長から、こうした相談が増えています。前回の記事 では残業が発生している業務の分解を扱いました。本記事はその続編として、分解した業務を「誰に移すか」を整理します。
タスクシフトとタスクシェアは何が違うのか
厚生労働省の文書では、タスク・シフティングは「業務の移管」、タスク・シェアリングは「業務の共同化」と説明されています。院内で議論する際にこの2つを混ぜたままにすると、合意が取れなくなる場面が目立ちます。
移管と共同化では目的が違う
タスクシフトは、医師の手からその業務を完全に離すことが目的です。タスクシェアは、医師が担い続ける業務の一部を他職種と分け合い、一人に集中する負荷を分散することが目的です。
| 観点 | タスクシフト(業務の移管) | タスクシェア(業務の共同化) |
|---|---|---|
| 目的 | 医師の手から業務を離し、時間を空ける | 医師に集中する負荷を分散する |
| 典型例 | 診療録の代行入力、診断書の下書き、採血 | 検査・入院の説明、服薬指導と処方提案 |
| 受け手側に起きること | 業務量がそのまま増える | 判断の境界が曖昧だと二度手間になる |
| 起きやすい失敗 | 残業が受け手に付け替わるだけになる | 誰の判断か決まらず、結局医師が全部やる |
混ぜると議論が噛み合わない理由
同じ「検査の説明を看護師に」でも、医局側はシェアのつもりで話し、看護部側はシフト(同意取得の責任ごと移る)と受け取れば、警戒は当然強くなります。業務ごとにどちらかのラベルを付けてから議論する方が、話が早く進みます。
移せる業務には法令上の線引きがある
「誰に何を移せるか」は院内の裁量だけでは決まりません。医師でなければ行えない医行為の範囲と、各職種の資格法に定められた業務範囲が土台にあり、踏まえずに進めると法令違反や事故時の責任問題に直結します。
厚労省の整理を出発点にする
厚生労働省は「医師の働き方改革を進めるためのタスク・シフト/シェアの推進に関する検討会」で、約300項目の業務を現行制度で実施可能か否かで分類し、2020年12月に議論の整理を公表しました。これを踏まえ、2021年9月に医政局長通知「現行制度の下で実施可能な範囲におけるタスク・シフト/シェアの推進について」が発出され、職種別に実施可能な業務の具体例と留意点が示されています。
特定行為研修を修了した看護師にできること
看護師が行う診療の補助のうち、高度な専門知識と判断力が特に必要とされる行為が「特定行為」で、厚労省の整理では38行為21区分とされています。2015年に始まった特定行為研修の修了者は、医師が作成した手順書に基づき、脱水症状に対する輸液による補正や気管カニューレの交換などを実施できます。ただし、看護師に移せる業務は特定行為に限られません。
医師事務作業補助者にできること
診療録等の代行入力、診断書や紹介状の下書き、予約オーダーの代行入力は、医師の具体的な指示のもとで担える業務として整理されています。判断を伴わない事務作業に限られ、入力内容は医師の確認・署名を経て確定する点が前提です。厚労省の整理では、加算の有無にかかわらず「医師の指示で事務作業の補助を行う者」をこの職種として扱っています。配置区分と加算収入の試算は 医師事務作業補助者とは|32時間研修・仕事内容・給料と導入判断 で整理しています。
職種別に移せる業務の整理
個別業務の可否は「厚労省の整理では例示されている」という位置づけであり、実施時は通知の原文と各職種の研修状況を照合してください。
| 職種 | 厚労省の整理で例示されている業務 | 前提となる条件 |
|---|---|---|
| 看護師(特定行為研修修了者) | 手順書に基づく特定行為(輸液の補正、気管カニューレ交換など) | 研修修了、医師の手順書 |
| 看護師 | プロトコールに沿った採血・静脈路確保・検査、検査・入院の説明、診察前の予診・問診 | 医師の事前指示またはプロトコール |
| 薬剤師 | 病棟・手術室での薬剤の払い出しと調製、プロトコールに沿った処方変更、処方提案 | 医師との事前の取り決め |
| 診療放射線技師・臨床検査技師・臨床工学技士 | 静脈路確保、撮影部位の確認・追加撮影オーダー、病棟・外来での採血、清潔野での器械出し | 一部は2021年の法改正で追加、所定の研修 |
| 医師事務作業補助者 | 診療録等の代行入力、書類の下書き、予約オーダーの代行入力、定型の予診票を用いた聞き取り | 医師の具体的指示と確認・署名 |
診断や治療方針の決定、患者への告知は医師の判断そのものであり、シフトの対象にはなりません。
実務では3領域から着手すると合意が取りやすい
厚労省の検討会は、職種に関わりなく特に推進するものとして「説明と同意」「各種書類の下書き・仮作成」「診察前の予診・問診」「患者の誘導」を挙げています。院内の業務単位に引き直すと記録・文書、説明・同意、検査・処置の準備の3領域になり、いずれも医行為との境界が比較的明確です。
1. 記録・文書:医師事務作業補助者への移管
診療録の代行入力、診断書・紹介状・退院サマリの下書き、予約オーダーの代行入力が対象です。医師の確認・署名を経て確定するため責任の所在が明確で、加算収入とも接続するため、事務部門が主導しやすい領域です。
2. 説明・同意:説明の工程と同意の判断を分ける
検査・手術・入院の説明は、看護師・薬剤師などが専門性に応じて担える業務として整理されています。線を引くべきは「説明」と「同意の判断」の区別です。標準化された説明文書に基づく説明は他職種が担い、医学的な質問への回答と最終的な同意取得は医師が担う、と工程を分けておかないと、シフトのつもりがシェアになり医師の時間が減りません。
3. 検査・処置の準備:プロトコールが要件
採血・静脈路確保、清潔野での器械出し、検査前の患者誘導などが該当し、医師の事前指示またはプロトコールの存在が要件です。厚労省の整理でも、救急外来で診察前に採血・検査を行う場合は、対応可能な患者の範囲、判断の基準、逸脱時に医師へ連絡する体制をあらかじめ定めることが求められています。プロトコール作成に医師の時間がかかるため、頻度の高い検査から順に作る方が現実的です。
受け手側の業務量が増えるだけにしない設計
看護部長がタスクシフトに慎重になるのは、医師の残業が看護師の残業に付け替わるだけになる懸念があるためです。厚労省の検討会もこの点を「余力」の課題として整理し、ICT導入による業務全体の縮減と、看護師から看護補助者など他職種への業務移管を推進策に挙げています。医師から看護師に業務を移すなら、看護師から他職種へ移す業務と、ICT化で消せる工程を同じ表に書く設計が前提になります。
問診の構造化が受け手側の削減に効く理由
外来では、診察前に看護師や医師事務作業補助者が聞き取った内容をカルテに転記する工程が、受け手側の負荷になりやすい箇所です。厚労省の整理では、定型の予診票で機械的に事実を聞く「予診」と、専門職の知識で患者の状態を評価する「問診」を分けており、前者は専門職の知識を要しない業務と位置づけています。予診に当たる部分を患者自身の事前入力に置き換え、構造化されたデータとしてカルテに入るようにすれば、転記の工程が消え、看護師は評価と説明に時間を使えます。 工程別の削減余地は 初診問診の時間と人件費はどこまで削れるか で試算しています。
差し引きで判断する試算の考え方
合意形成の資料には、次の3つの数字を並べる形が使いやすいと考えられます。
A. 医師から受け手に移す業務時間(週あたり)
B. 受け手から他職種・ICTに移す業務時間(週あたり)
C. 増員・研修で新たに確保する時間(週あたり)
A が B + C を上回る設計は、受け手の残業増として跳ね返ります。B と C の見込みを立ててから A の範囲を決める順序の方が、受け手部門との合意は取りやすくなります。
院内合意を作る順序
法令の整理ができても、進め方を誤ると現場で止まります。次の順序で進める例が多く見られます。
- 職種横断で業務を棚卸しする:医局・看護部・事務・コメディカルの代表が同じ場で、医師の業務を工程単位で書き出す。
- 業務ごとにシフトかシェアかをラベル付けする:ここが曖昧なままだと、受け手側の警戒が解けません。
- 通知と照合し、責任の所在を文書化する:手順書・プロトコール・院内規程として明文化する。
- 受け手側の削減策とセットで提示する:A・B・Cの試算を添えて、受け手の部門長が自部門に説明できる形にする。
- 1病棟・1診療科で始めて測る:医師の時間外だけを測ると、受け手の負荷増が見えません。
水準別の制度要件は 医師の時間外労働規制と業務再設計 を参照してください。
AIBTRUSTの取り組み
ヘルスインタビューは、問診情報を電子カルテとFHIR標準規格で構造化連携するプラットフォームです。予診に当たる部分を患者自身の事前入力に置き換え、転記工程を消す役割を担う設計で、タスクシフトの受け手となる外来看護師・医師事務作業補助者の業務を減らす手段として、診療科ごとの問診項目を導入院ごとに設計しています。検討の際は、ヘルスインタビューのサービスページ をご参照ください。
よくある質問
Q. 特定行為研修を修了した看護師が院内にいません。看護師へのタスクシフトは始められませんか?
始められます。厚労省の整理では、特定行為のほかに、プロトコールに沿った採血・静脈路確保・検査の実施、検査や入院の説明、診察前の予診・問診などが、看護師が担いうる業務として例示されています。研修修了者の配置は医行為に近い業務を移す段階で効く打ち手であり、記録・説明・検査準備から着手する分には前提条件ではありません。
Q. 看護部から「看護師の業務が増えるだけ」と反対されています。どう進めればよいですか?
その指摘は多くの場合正しく、受け手側の業務を同時に減らす設計を示さない限り、合意は難しいと考えた方が現実的です。厚労省の検討会も課題を「意識・技術・余力」に分け、余力の確保策にICT導入と看護師から他職種への業務移管を挙げています。医師から移す時間と看護師から減らす時間を同じ表に並べ、差し引きで負荷が増えないことを示す資料を先に作る進め方が近道です。
Q. 移した業務で事故が起きた場合、責任は誰が負いますか?
一律には決まらず、指示の内容や手順書の整備状況、実施者の研修状況などの個別事情で判断されるのが一般的な理解です。医師の指示や手順書の範囲内で実施した行為は実施者が自らの業務として責任を負い、指示そのものの妥当性は指示した医師が負う、という切り分けが基本になります。業務ごとに「誰が・どの範囲で・どの手順書に基づいて」実施するかを院内規程として文書化しておくことが、当事者を守る前提です。
まとめ
タスクシフト(業務の移管)とタスクシェア(業務の共同化)は目的が違い、業務ごとにラベルを付けてから議論する方が院内の合意は早く進みます。記録・文書、説明・同意、検査・処置の準備から着手すると、法令面の議論が短く済みます。まずは上位1〜2診療科で、医師から移す時間と受け手から減らす時間を同じ表に並べるところから始めてみてください。