「PHRに対応してほしい」と患者側やベンダーから言われても、自院に何が求められているのかは掴みにくい——PHRをめぐって、こうした相談を受けることがあります。PHRは患者の持ち物の話であって院内システムの話ではない、と整理すると一度は腑に落ちるものの、では自院は何も準備しなくてよいのか、という次の問いが残ります。
本記事では、PHRとEHRの主体の違い、医療機関がPHRと接点を持つ2つの経路、自院側で判断が要る3つの論点を、院長・事務長・情報システム担当が意思決定できる粒度で整理します。
PHRとは、患者が主体で持つ健康記録
PHR(Personal Health Record/パーソナルヘルスレコード)は、健診結果・処方内容・検査値・日々のバイタルなど健康に関する記録を、患者本人が主体となって集約・管理・活用する仕組みの総称です。特定の製品やアプリの名前ではなく、記録の持ち主が患者本人であるという構造を指す言葉として使われます。
院内の電子カルテは、診療の記録であると同時に医療機関の管理下にある文書です。対してPHRでは、複数の医療機関・薬局・健診機関・自宅の計測機器から集まった記録が、患者のもとで一つにまとまります。同じ「HbA1cの値」でも、置き場所と管理主体が違えば、開示のルールも、更新できる人も変わってきます。
EHRとの違いは「誰の管理下にあるか」
PHRと対で語られるのがEHR(Electronic Health Record)です。日本の文脈では、電子カルテや地域医療連携ネットワークのように医療提供者側が管理する記録を指すことが多い言葉になります。
| 観点 | EHR(医療提供者側の記録) | PHR(患者側の記録) |
|---|---|---|
| 記録の主体 | 医療機関・連携ネットワーク | 患者本人 |
| 集まる範囲 | その医療機関・その連携圏内の診療記録 | 受診先をまたいだ記録+自宅の計測値・生活記録 |
| 内容を書き込む人 | 医師・看護師・技師など医療者 | 医療機関からの提供分+患者本人の入力 |
| 見せる相手を決める人 | 医療機関(法令・院内規程の範囲で) | 患者本人(同意の範囲で) |
| 主な用途 | 診療・連携・請求・監査 | 自己管理、他院受診時の持参、研究協力 |
| 医療機関の責任 | 診療録としての保存義務・正確性 | 提供したデータの正確性と、提供時の同意の適正性 |
押さえておきたいのは最終行です。患者側に渡った後の管理責任は本人に移る一方、渡す時点の正確性と同意の取り方には医療機関側の責任が残ります。PHRを「院外の話」と切り離せない理由がここにあります。
「PHR事業者」という言葉が指す範囲
健康記録を患者向けに預かるサービスの提供者は、一般に民間PHR事業者と呼ばれます。健診等の情報を扱う事業者については、総務省・厚生労働省・経済産業省が基本的指針を公表しており、安全管理措置や利用目的の明示、患者本人の関与のあり方といった考え方が示されています(各省の公表資料に基づく整理。内容は今後改定されうる領域です)。自院に連携の打診が来た際、相手がこの指針を踏まえているか、預かったデータを誰に・どの目的で渡す設計かは、最初の確認項目に置けます。
医療機関がPHRと接する経路は2系統ある
PHRと聞いてまず浮かぶのはマイナポータルでしょうが、医療機関の接点はそれだけではありません。経路によって、自院が能動的に動く必要があるかどうかが変わります。
マイナポータルを介する公的な経路
マイナポータルでは、患者本人が自身の特定健診情報・薬剤情報・医療費に関する情報などを閲覧でき、本人の操作で外部サービスへ連携する仕組みも用意されています。医療機関から見ると、この経路に自院由来のデータが乗るのは、レセプト請求や電子処方箋、電子カルテ情報共有サービスといった公的な仕組みを経由した結果であって、自院が患者のアプリへ直接データを渡す形ではありません。
閲覧できる情報の種類は、厚生労働省の公表資料に基づく整理では段階的に拡大する方向にあります。対象範囲や時期は今後の告示改正等で変わりうるため、院内計画に組み込む際はその時点の一次資料に当たり直す前提で扱うのが安全です。
民間PHRサービスを介する経路
もう一方は、自院の患者向けアプリ、検査結果のスマートフォン返却、健康管理アプリとの連携といった、契約と患者同意で成り立つ経路です。制度に沿って自動的にデータが流れる公的経路と違い、「何を渡すか」を自院が決められる代わりに、決めなければ何も始まりません。診療の文脈を含む情報を患者に返したい場合、実務の主戦場はこちら側です。
データ種別ごとに経路を整理する
自院のデータがどちらの経路に乗るかは、データの種類でおおむね決まります。
| データ種別 | 主な連携経路 | 医療機関側で発生する作業 | 押さえておきたい点 |
|---|---|---|---|
| 特定健診の結果 | 保険者経由でマイナポータルへ | 健診実施機関としての結果報告 | 自院が患者へ直接渡す場面は限定的 |
| 処方・薬剤情報 | レセプト・電子処方箋経由でマイナポータルへ | 電子処方箋への対応 | 反映までに時間差が生じる |
| 検査値・バイタル | 民間PHRサービス/情報返却 | 出力項目と形式の設計 | 構造化されていないと患者側で再利用できない |
| 診療情報提供書・退院時サマリ | 電子カルテ情報共有サービス経由 | 電子カルテのFHIR出力対応 | ベンダーの対応時期に依存する |
| 問診回答・生活習慣の記録 | 民間PHRサービス | 同意取得と保存範囲の設計 | 二次利用の可否を同意時に切り分ける |
見えてくるのは、公的経路に乗る情報ほど自院の裁量が小さく、診療の文脈を持つ情報ほど自院の設計次第という分布です。「PHR対応」の議論が噛み合わないときは、両者を混ぜて話していることが原因になりがちです。
実務論点は「何を・どの形式で・誰の同意で」に集約される
経路を分けたうえで自院側の判断に落とすと、検討事項は3つに収れんします。
1. どのデータを外に出すか
検査値は返すが医師の所見は返さない、画像は返すが読影レポートは返さない——こうした線引きを、データ項目の単位で決める工程です。着手しやすいのは、患者からの問い合わせが多い項目から見ていく進め方でしょう。検査結果の再確認、処方内容の照会、健診結果の再発行といった問い合わせは、そのまま「患者が手元に持ちたい情報」の一覧になっています。
2. どの形式で出すか
同じ検査値でも、PDFで渡すか構造化データで渡すかで、患者側にできることが変わります。PDFは印刷して持参する用途では機能する一方、他院システムへの取り込みや、患者アプリでの経時的なグラフ表示には向きません。形式は一度決めると変えにくく、運用開始後に構造化データを求められた段階で作り直すと、過去分の変換という工程が追加されます。
3. 誰の同意で、どこまでの範囲を許すか
患者本人の同意で足りるのか、家族による代理管理を認めるのか。研究や統計への二次利用まで含むのか、閲覧だけなのか。初診時に一括で取る包括同意のままだと、後から目的が増えたときに説明しきれなくなるおそれがあります。提供先や目的が変わりうる前提のサービスでは、目的・データ項目・期間の単位で患者が可否を選べる設計が推奨されます。
標準化を飛ばすと、後から作り直しになる
3つの論点のうち、後戻りコストが最も大きいのは形式の選択です。ここでの実質的な基準がFHIR(Fast Healthcare Interoperability Resources)で、電子カルテ情報共有サービスの入出力仕様にも採用されている国際標準規格になります。
独自形式やPDFで患者に情報を渡す仕組みを先に作ると、マイナポータル連携や他院連携、研究利用の話が出た時点で変換層の追加開発が発生します。返却済みデータの扱いという論点も同時に立ち上がるため、費用は初期から標準規格に寄せておく場合を上回りやすくなります。
FHIRの仕様と、既存電子カルテがFHIR非対応だった場合の進め方は、次の記事にまとめています。
なお、FHIR形式で患者に診療情報を返す仕組みは「情報返却」と呼ばれ、PHRの入口に当たります。PHRという枠組みのうち自院が能動的に手を動かす範囲が情報返却だと捉えると、位置づけが整理しやすくなります。
自院で今から確認できる3項目
大がかりな検討に入る前に、院内だけで進められる確認があります。
電子カルテのFHIR出力可否をベンダーに書面で聞く
対応済み/次期バージョンで対応予定/未定のどれなのかで、取りうる選択肢が変わります。口頭確認だけだと、後の協議で認識のずれが出やすい部分です。
患者に渡している情報を棚卸しする
検査結果、処方内容、健診結果、診療明細——今どの場面で、どの形で渡しているかを一覧にします。これだけで、公的経路で自動的に届く情報と、自院が渡さない限り患者の手元に届かない情報の切り分けができます。
現行の同意文書の記載範囲を読み直す
院外へのデータ提供、二次利用、撤回手続きを、現行の同意書がどこまでカバーしているかを確認します。PHR連携が具体化した段階で改訂が要るケースは多く、先に現状を把握しておくと改訂の規模が読めます。
ヘルスインタビューでの位置づけ
ヘルスインタビューは、問診で取得した情報と電子カルテ側の診療情報をFHIR形式で構造化し、患者のスマートフォンへ返却する機能を備えています。PHRの文脈でいえば、患者が自分の記録を持つための「医療機関側の出口」に当たる部分です。
返却にあたっての同意は、目的・データ項目・期間の単位で患者が選べるダイナミックコンセントとして実装しており、誰の・どの情報を・何の目的で共有したかを後から説明できる形で記録しています。既存の電子カルテがFHIRネイティブでない環境でも、変換アダプタを介した連携で運用を始められるケースがあります。
機能構成と連携方式は、ヘルスインタビューのサービスページ および 情報返却の機能ページ にまとめています。
よくある質問
Q.「PHRに対応してほしい」と言われました。自院はまず何から着手すればよいですか。
最初にやることは、患者に渡している情報の棚卸しです。検査結果・処方内容・健診結果を、今どの形(紙・PDF・口頭)で、どの場面で渡しているかを一覧にします。この棚卸しが済むと、マイナポータル経由で自動的に届く情報と、自院が能動的に渡さないと届かない情報の切り分けができます。アプリやシステムの選定は、その切り分けの後に来る判断です。
Q. マイナポータルに情報が載るなら、医療機関側で別途PHR連携を考える必要はありますか。
マイナポータルで患者が見られる情報は、レセプトや公的な共有基盤を経由したもので、内容と反映タイミングには制約があります。院内で測った検査値の詳細、問診で得た生活情報、経過の説明といった診療の文脈はそのままでは載りません。自院として患者に何を返したいかが定まっているなら、公的経路とは別に返却の仕組みを検討する余地があります。
Q. 民間PHRサービスと連携する場合、患者の同意は従来の包括同意で足りますか。
初診時の包括同意だけで運用すると、提供先・目的・期間が広く曖昧なまま残り、後から研究利用や第三者提供を行う段階で説明が難しくなるケースがあります。提供先や目的が変わりうる前提であれば、目的・データ項目・期間の単位で患者が可否を選べる同意設計にしておく方が、後戻りは少なくなります。
Q. 電子カルテがFHIR非対応でも、PHR連携は始められますか。
変換アダプタを介して電子カルテの出力をFHIRリソースに変換する構成であれば、既存環境のまま始められるケースがあります。確認したいのは、変換の対象範囲がどこまでか(検査値だけか、処方や病名まで含むか)と、電子カルテ更新時に変換設定を作り直す必要があるかの2点です。
まとめ
PHRは患者が主体で持つ健康記録であり、医療機関が管理するEHRとは記録の主体が違います。この区別を起点に置くと、自院の検討は「どのデータを・どの形式で・誰の同意で外に出すか」の3点に落とし込めます。
次の一歩として取りかかりやすいのは、患者に渡している情報の棚卸しです。項目と渡し方が一覧になれば、公的経路に任せる部分と自院で設計する部分の境界が見えてきます。
自院の環境でのFHIR連携可否や、情報返却を含む具体的な進め方については、医療機関向けのお問い合わせ からご相談ください。