電子カルテの乗り換え|移行できるデータ・できないデータ

電子カルテの乗り換えで最大の論点はデータ移行です。過去カルテのどこまでを新システムに持ち込めるのか、持ち込めない情報をどう扱うのか、入れ替え費用の内訳と時期の決め方、院内の反対をどう解くかまで、判断の順番で整理します。

「今の電子カルテが使いにくい。ただ、乗り換えとなると過去のデータがどうなるか分からないし、スタッフからも反対が出そうで動けない」——院長・事務長との会話で繰り返し出てくる話です。不満は具体的なのに、意思決定だけが数年単位で止まっているケースは珍しくありません。

止まる理由の多くは、判断材料が「乗り換えるか/据え置くか」の二択に丸められている点です。実際には、不満の中身・移行できるデータ・費用の内訳・時期・院内合意という5つの論点が独立していて、答えも別々です。本記事ではこの5つを分けて整理します。

不満の中身を分解しないと、入れ替えても同じ話になる

最初に確認したいのは、「何が使いにくいのか」の内訳です。ここを曖昧にしたまま入れ替えると、新システムでも同じ不満が別の形で出てきます。不満は発生源によって、次のように分かれます。

不満の中身発生源乗り換えで解決するか
入力に時間がかかる製品のUI・テンプレート設計解決しうる。ただし操作習熟に数ヶ月かかる
問診や予約の内容を打ち直している周辺システムとの連携不在カルテ本体を替えても、連携設計を見直さなければ残る
サポートの応答が遅い/改修が進まないベンダーの体制・保守契約の範囲解決しうる。次の契約の保守条項で事前に線引きする
院外との情報連携ができない標準規格への非対応対応済み製品なら解決。非対応品を選ぶと再発する
費用が高い契約構造(オプション課金・保守料の按分)見積の内訳を並べないと判定できない

注意したいのは2行目です。転記が発生している業務の多くは、電子カルテ本体ではなく周辺システムとの接続部分に原因があるため、カルテだけを替えても手作業は残ります。この切り分けは、問診側の観点から別記事に整理しています。

関連記事:Web問診システムの選び方|比較軸と導入前チェックリスト

「乗り換えない」も選択肢に残す

不満の主因が保守契約の範囲やオプション構成にあると分かることもあります。その場合は契約見直しで解消する余地があり、移行リスクを負わずに済みます。検討は現行契約の棚卸しから入ると精度が上がります。

移行できるデータ、できないデータ

検討の中で最も回答が曖昧になりやすい論点です。「データは移行できます」というベンダー回答は、実際には対象を限定して語られています。電子カルテのデータは構造化されたものとそうでないものに分かれ、移行の難易度がまるで違うためです。

データ種別移行しやすさ実務上の扱い
患者基本情報(氏名・生年月日・保険情報)高いCSV等の中間形式で移せるケースが多い
病名・アレルギー・処方履歴中〜高コード体系が揃っていれば移行可能。マスタ変換が要ることも
検査結果(数値データ)中項目コードのマッピング次第。単位の扱いに注意
経過記録(SOAP等の自由記述)低〜中テキストは移せても、日付・担当者との紐付けが崩れやすい
シェーマ・手書き入力の画像低画像ファイルとして書き出し、参照のみになることが多い
文書(診療情報提供書・同意書のスキャン)低〜中PDFで書き出し、患者単位の添付として保持
帳票レイアウト・入力テンプレートほぼ移行不可新システム側で作り直すのが前提

判断すべきは「移せる/移せない」の二択ではなく、「どの粒度で、どの形式で移るか」です。テキストとして移行できても、検索や集計の対象にならない形になれば、日常の使い勝手は変わります。

持っていけないデータの3つの扱い方

移行しきれない分には、3つの選択肢があります。

  1. 旧システムを参照専用で残す:ライセンス費用が続くが、元の見え方のまま参照できる
  2. PDF等に一括書き出しして新システムに添付する:検索性は落ちるが、費用は抑えられる
  3. 一定期日以前は書き出し保管に切り替え、日常参照から外す:直近数年分のみ構造化移行する割り切り

選択は過去カルテの参照頻度で決まります。再診主体の診療科では直近1〜3年分の参照が大半を占めることが多く、その範囲だけを構造化移行する組み方も現実的です。なお診療録の保存義務は法令で定められているため、期間内は参照できる状態を保つ設計が求められます。解約時期は保存対象と期間を確認してから判断してください。

標準規格への対応が、次の乗り換えコストを決める

移行がここまで面倒なのは、データ構造がベンダーごとに異なるためです。同じ「アレルギー情報」でも、格納先のフィールド名もコード体系も製品ごとに違い、変換工数はこの差に比例します。これを埋めるのがFHIRやSS-MIX2といった標準規格で、標準形式で出力できる製品同士なら変換量が減り、移行見積の根拠も読みやすくなります。

関連記事:FHIRとは?医療データ標準化で何が変わるのか【2026年版】

「次に乗り換えるとき」まで含めて選ぶ

独自形式のみで閉じた製品を選べば、次に入れ替える場面でも同じ規模の変換作業が発生します。制度側の流れも同じ方向で、電子カルテ情報共有サービスはFHIRを基盤に設計されており、院外との連携を前提にするなら標準規格対応は選定条件に入ります。

関連記事:電子カルテ情報共有サービスとは|3文書6情報と接続準備の5手順

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確認は「FHIR対応です」の一言で終わらせないほうが安全です。どのデータを、どの範囲で出力できるのか——ここまで踏み込むと、実装レベルの差が見えてきます。

費用は「移行費」だけを見ても比較にならない

最初に目に入るのは新システムのライセンス費用ですが、実際の支出はこれ以外の項目が積み上がった総額になります。金額は施設規模・データ量・診療科数で幅が大きく、同じ「クリニック」でも数倍の差が出ます。一般的な目安としては、次の項目に分解して比較するのが実務的です。

費目何で金額が決まるか見積で確認する点
新システムのライセンス/月額端末数・ユーザー数・機能構成オプションが月額に含まれるか別課金か
データ移行費移行するデータ種別と期間、変換の複雑さ「一式」でなく種別ごとの内訳が出るか
初期設定・マスタ構築診療科数、独自テンプレートの量自院作業とベンダー作業の線引きがどこか
ハードウェア更新端末・サーバの更新要否クラウド型なら不要になるケースがある
並行稼働期間の二重コスト旧システムの契約残と重複期間旧システムの解約予告期間が何ヶ月前か
院内の稼働時間研修・移行検証にスタッフが割く時間見積書には載らないが、実質的な負担として計上する

見落とされやすいのは下の2行です。旧システムの解約には予告期間が設定されていることが多く、契約書を確認しないまま稼働日を決めると、想定外の重複期間が生まれます。研修と移行検証の人時も、計上しないと比較が実態からずれます。

補助制度を活用できる場合もありますが、対象範囲や要件は年度ごとの公募要領で変わります。補助を前提に資金計画を組む前に、申請時点の要領で対象可否を確認してください。

時期は繁忙期から逆算し、並行稼働を確保する

移行作業そのものより、稼働直後の混乱をどう抑えるかで所要期間が変わります。

繁忙期を外す

感染症の流行期、健診が集中する時期、年度末など、外来数が跳ねる時期に稼働日を置くと、操作に不慣れなまま患者を待たせることになります。稼働日は患者数が落ち着く時期に置き、そこから逆算するのが無難です。

並行稼働期間を確保する

新旧を一定期間並行させると、移行データの欠落や運用上の抜けをその場で発見できます。全体の流れと期間の目安は次の通りです。

段階主な作業期間の目安
検討・選定不満の分解、要件整理、3社程度のデモ比較2〜3ヶ月
契約・移行設計移行対象データの確定、マスタの突き合わせ1〜2ヶ月
移行テストテストデータ投入、表示・検索の確認1〜2ヶ月
並行稼働新システムを主、旧を参照用に併用2週間〜1ヶ月
旧システム参照期間参照専用で保持し、解約時期を判断施設の保存方針による

選定開始から稼働までを半年前後で見ておくと、無理のない進行になりやすいところです。3ヶ月で切り替えたい場合は、移行対象を直近分に絞る前提での設計になります。

院内合意は「誰の何が楽になるか」で作る

反対が出るのは、変更の負担が特定の人に集中して見えるためです。「慣れる作業は結局こちらの仕事が増えるだけ」と受け取られる限り、合意形成は進みません。

職種ごとに、変わることを言語化する

説明を「医療DXの推進」から始めると現場には届きません。職種ごとの変化を分けて示すと、議論が具体化します。

  • 医師:入力項目のどこが減り、どこは変わらないのか
  • 看護師:バイタル入力・指示受けの導線がどう変わるか
  • 受付・事務:予約や問診との連携で、転記がどれだけ減るか
  • 全員:稼働初月に想定される作業増と、その期間の見込み

反対の多くは「変化そのもの」ではなく、「変化の量と期間が見えないこと」に向けられています。並行稼働の期間、研修の回数、稼働直後の待ち時間の伸びを先に共有しておくと、議論の温度が下がります。

移行検証に現場を巻き込む

移行データの確認を、実際に使う職員が担当する形にすると、稼働後の想定違いが減ります。自分が書いた過去のカルテがどう見えるかを本人が確かめれば、稼働前に調整が効きます。

DX全体の優先順位は、別記事で整理しています。

関連記事:クリニックのDX、何から始めるか|優先順位の付け方と最初の1手

乗り換え前に確認する5項目

商談前に次の5点を院内で書き出しておくと、ベンダーとの議論がぶれにくくなります。

  1. 現在の不満を、UI・連携・保守・規格対応・費用のどれに起因するかで分類したか
  2. 移行対象とするデータ種別と期間を、自院として先に決めたか(ベンダー提案を待たない)
  3. 移行しないデータの保管方法と、旧システムの参照期間・解約時期を決めたか
  4. 乗り換え先が標準規格でデータを出力できるか、書面で確認したか
  5. 稼働日を繁忙期から外し、並行稼働の期間を確保したか

要点は2番目です。移行範囲をベンダー任せにすると、各社の見積が別々の前提で作られ、比較軸がそろいません。金額だけで判断した結果、稼働後に「この期間は対象外でした」となります。

AIBTRUSTの取り組み

電子カルテの乗り換えは、問診・予約・同意といった周辺の運用を組み直せる数少ない機会でもあります。前述の通り、転記の負担はカルテ本体を替えただけでは残る領域です。

ヘルスインタビューは、患者が回答した問診データをFHIR形式の構造化データとして扱うWeb問診プラットフォームです。乗り換えの検討と並行して問診の構造化を進めておくと、新しい電子カルテへの接続を最初から標準規格側で設計でき、次に入れ替える場面でも問診の設計資産を持ち越しやすくなります。詳細はヘルスインタビューのサービスページ、連携の考え方はFHIR電子カルテ連携ページをご参照ください。

よくある質問

Q. 過去のカルテデータは、全部そのまま移行できますか?

全部そのまま、というケースは多くありません。患者基本情報や病名・処方履歴は移せることが多い一方、経過記録の自由記述やシェーマは、テキストや画像として移せても日付・担当者との紐付けが崩れることがあります。可否より「どの形式で移るか」を種別ごとに確認し、移しきれない分は旧システムの参照利用やPDF書き出しで補う設計が現実的です。

Q. 移行費用はどのくらい見ておけばよいですか?

施設規模・データ種別・対象期間で幅が大きく、一律の目安は出しにくい領域です。比較で効くのは金額より内訳の粒度で、「データ移行一式」とだけ書かれた見積は、後から対象外データが判明して追加費用につながります。種別ごとの内訳・旧システムの契約残・並行稼働の重複費用まで含めた総額で比べてください。

Q. 乗り換えのタイミングはいつが良いですか?

自院の繁忙期を外すことが第一条件です。加えて、旧システムの解約予告期間(数ヶ月前の通知を求められることが多い)と、端末・サーバの更新時期が重なるかどうかも判断材料になります。選定開始から稼働まで半年前後を見込むと、移行テストと並行稼働の期間を確保しやすくなります。

Q. スタッフから反対が出ています。どう進めればよいですか?

反対の中身が「変わること」なのか「負担の量が読めないこと」なのかを切り分けてください。後者であれば、並行稼働の期間・研修の回数・稼働直後に想定される作業増を数字で示すと議論が進みます。移行データの確認作業に現場の職員を入れる進め方も有効です。

Q. 旧システムはいつ解約できますか?

診療録の保存義務が法令で定められているため、移行しなかったデータをどう参照可能な状態に保つかが決まるまで解約できません。参照専用ライセンスで残す、PDF等に書き出して新システム側に保持する、といった方法があり、費用と参照頻度の兼ね合いで選びます。解約予告期間も契約書で先に確認してください。

まとめ

電子カルテの乗り換えは、製品比較の前に不満の分解から入ると判断がぶれにくくなります。原因がUIか、周辺システムとの連携か、保守契約の範囲かで、乗り換えが効く不満と再発する不満が分かれるためです。最大の論点になるデータも、可否ではなく「どの粒度・どの形式で移るか」を種別ごとに詰めることになります。

次の一手は、現行ベンダーに標準形式でのエクスポート可否を書面で問い合わせることです。この回答が乗り換えの難易度と費用感を最初に規定します。具体的な検討段階に入ったら、医療機関向けのお問い合わせからご相談ください。

ヘルスインタビューの詳細は、資料で

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