医師の残業時間はどのくらい?削減のための業務再設計と実務対応

医師の残業時間の現状と、勤怠管理では止まらない削減の進め方を整理。診療科ごとに異なる残業構造と、診療記録・紹介状・問診の再設計で削減効果が出やすい領域を、事務長・院長向けに解説します。

「勤怠管理の可視化までは進んだのに、実際の残業時間が減らない」——医師の時間外労働規制が施行されてから数年が経ち、病院事務長や人事担当からこうした相談が増えています。前週の記事ではA/B/C水準ごとの制度要件を整理しました。本記事はその続編として、業務そのものの棚卸しと再設計に焦点を当てます。

医師の残業時間は今どこにあるのか

医師の残業を削るには、どの診療科・どの業務工程で残業が発生しているかを掘り下げる必要があります。厚生労働省の勤務実態調査や医学会の時間内訳分析からは、診療科によって残業構造が大きく異なる点が示されています。

診療科別に残業構造が異なる

診療科残業の主因削減の起点になる業務
救急科当直・救急対応・引き継ぎ当直体制、交代制勤務の再設計
産婦人科分娩対応・オンコール集約化、当直医の複数体制化
外科(消化器・脳神経等)術後管理・手術記録・カンファ記録業務のICT化、術後管理の分担
内科(総合・循環器等)診療録記載・紹介状・退院サマリ記録業務の自動化、書類テンプレート化
小児科時間外受診・電話対応トリアージ、事前情報の構造化

一律施策の効果が薄いのは、この構造差を踏まえていないためです。救急・産科の残業は「そこに医師がいなければならない時間」の性質が強く、外科・内科は「診療の付随業務が終わらない時間」の性質が強いと整理されています。前者は体制設計、後者は業務効率化が主な打ち手になります。

「見えている残業」と「見えていない残業」

実態把握で見落とされがちなのが、勤怠システムに乗らない残業です。当直明けのカルテ書き、休日の学会準備、自宅での書類作成などが、制度上「自己研鑽」に分類されるか勤怠打刻の対象外になっている例が多く報告されています。施策設計時には勤怠データに加え、医師本人からのヒアリングを組み合わせて実態を捉えることが求められます。 数字上は月80時間でも実労働が120時間に達している例があり、可視化データだけで対策を組むと的外れになる可能性があります。

なぜ勤怠管理だけでは削減が進まないのか

勤怠管理システムの役割は、労働時間を客観的に記録することです。制度対応上は必須ですが、記録された時間を削る打ち手はシステムの外側で設計する必要があります。削減の実務は、次のような順序で進む例が多く見られます。

  1. 勤怠データで残業が多い診療科・時間帯を特定
  2. 該当診療科の医師に業務内訳のヒアリング・日誌記録を依頼
  3. 「本人でなくても遂行できる工程」「ICTで置き換え可能な工程」を抽出
  4. 上位3〜5項目に具体的な打ち手を設計
  5. 3〜6ヶ月単位で効果を測定し、施策を見直す

特に時間がかかるのが2の内訳把握です。四半期に一度の業務内訳実測を組み込んだ施設で、施策設計の精度が上がったという報告があります。水準別の制度要件は 医師の時間外労働規制と業務再設計 で整理しています。

削減効果が大きい3つの業務領域

診療科横断で削減効果が大きい領域は、以下の3つです。

1. 診療記録の自動化

診療録の記載は、外来・入院を問わず医師の時間を最も消費する業務のひとつです。過去カルテからのテンプレート生成、音声入力、診療科ごとの記載様式の標準化が主な打ち手です。音声入力は診察時間が長い診療科(内科・皮膚科・整形外科など)で効果が出やすく、短時間で多数の患者を診るスタイルでは薄いという報告もあるため、導入前に自院との相性を検証することが求められます。

2. 紹介状・退院サマリの効率化

紹介状・退院サマリは記載項目が定型化されており、過去カルテからの自動下書きの効果が大きい領域です。1件あたり15〜30分を医師が費やしている実態が示されており、退院数が多い病棟では月あたりの累積時間が大きな規模になります。生成AIによる下書きも選択肢ですが、患者情報を扱う以上、汎用の外部サービスをそのまま用いることには法的リスクが伴います。医療特化の設計と契約条件が求められる領域であり、医療における生成AI活用の法的注意点 で扱う制約と併せて検討する必要があります。

3. 問診の構造化

外来診察の前段で得られる問診情報が構造化されていれば、医師が診察中にカルテ記載・追加ヒアリングに費やす時間を短縮できます。特に初診では、事前記入型の問診によって医師の記載工程を圧縮できる例が多く報告されています。診療科横断で効果が出やすく、事務長・受付部門でも意思決定が進めやすい点で、初手として選ばれることが多い領域です。削減余地の試算方法は 初診問診の時間と人件費、どこまで削れるか で整理しています。

診療科別の打ち手マップ

3領域を診療科別の残業構造にマッピングすると、優先順位が見えます。

診療科群主な打ち手期待される削減の性質
救急・産科(体制課題型)当直体制の複数医化、集約化、オンコール分担労働時間の平準化、月100時間超の抑制
外科(術後管理型)手術記録テンプレート、術後管理のタスクシフト付随業務削減、週5〜10時間の圧縮
内科(書類課題型)診療記録自動化、紹介状・サマリの下書き生成、問診構造化記載工程削減、週10〜15時間の圧縮
小児科(時間外受診型)時間外の事前トリアージ、電話対応の分担呼び出し件数の削減、当直負荷の軽減

書類・記録業務は他職種への移管が可能な工程が多く、診療報酬上のタスクシフト関連加算とも接続します。加算要件と業務移管の関係は 医療DX推進体制整備加算の算定要件と対応方法 で整理しています。

削減余地を試算する

自院の医師数と業務内訳で試算する方が、投資判断に接続します。書類・記録業務の削減余地は、以下の掛け算で年間削減時間のオーダーが見えます。

医師数 × 1人あたり週間書類業務時間 × 効率化率 × 稼働週数

勤務医1人あたりの書類業務時間を週12時間、効率化率30%、稼働週数48週と置くと、規模別の削減余地は下表のようになります。

施設規模常勤医師数削減時間の目安(年間)医師人件費換算の目安
内科診療所5人約800時間約800万円/年
中規模病院30人約5,000時間約5,000万円/年
大学病院・高度急性期病院300人約50,000時間約5億円/年

これは理論値であり、運用制約により全額を人件費として回収できるわけではありません。医師人件費の単価は施設・診療科で幅があり、投資判断の出発点として扱う位置づけです。

進める際に陥りやすい落とし穴

業務再設計の実行段階で見られる典型的な失敗パターンは、以下の4つです。

  • 全診療科に一律施策を当てる:診療科ごとに残業構造が異なるため、全科同時に同じ施策を入れても効果が薄い傾向があります。上位1〜2科に絞って組み立て、効果を確認してから他科に展開する順序が現実的です。
  • ICT導入だけで完結させる:既存の業務フロー、他職種との役割分担、電子カルテ連携方式まで含めて再設計しないと、ツールが定着しない例が多く見られます。
  • 医師本人の合意形成を後回しにする:業務削減の対象は医師本人の作業です。現場医師の理解が得られなければ運用に乗らないという報告があり、設計フェーズから診療科部長・現場医師を巻き込む必要があります。
  • 効果測定の期間を短く設定しすぎる:書類業務の自動化・音声入力の定着には3〜6ヶ月、当直体制の再設計には6〜12ヶ月かかる例が多く報告されています。

導入・実行のチェック項目

業務再設計を進める前に確認しておきたい観点は次の4つです。

  1. 残業実態の粒度:診療科別・業務カテゴリ別(診療・記録・書類・会議など)の内訳データが揃っているか。勤怠上の総時間だけでは施策の優先順位が付けられません。
  2. 現場医師との合意形成の場:施策設計の段階で診療科部長・現場医師を巻き込む場を設けているか。ICT導入だけで完結させない前提が求められます。
  3. ICT導入の順序:上位残業科の業務内訳に応じて優先順位を決める。診療科横断で効果が出やすい問診構造化から着手する施設が多く見られます。
  4. 効果測定のKPI:医師1人あたりの週間残業時間・書類業務時間・在院時間などのKPIを、施策開始前に設定する運用が現実的です。

AIBTRUSTの取り組み

ヘルスインタビューは、問診情報を電子カルテとFHIR標準規格で構造化連携するプラットフォームです。本記事で挙げた3領域のうち「問診の構造化」を担う設計になっており、内科・整形外科・皮膚科など、記録業務の削減効果が大きい診療科で導入が進んでいます。診療科ごとの問診項目カスタマイズ、事前記入と院内タブレットの併用、既存の予約システム接続まで、導入院ごとの業務再設計に合わせて設計しています。医師の残業削減の一環として問診工程を検討する際は、ヘルスインタビューのサービスページ をご参照ください。

よくある質問

Q. 診療科によって残業構造が違うと聞きます。まず何から手を付けるべきですか?

自院で残業が多い診療科を特定し、その科が何に時間を使っているかを分解するところから始めるケースが多く見られます。救急・産科は当直と呼び出し、外科は術後管理と手術記録、内科は書類・診療録・紹介状の比重が大きい傾向が示されています。上位1〜2科の主要業務に絞って施策を組み立てた方が、投資対効果を説明しやすくなります。

Q. 勤怠管理システムを入れたのに残業が減りません。次にやるべきことは?

勤怠管理の可視化と、残業を減らす打ち手は別工程として設計する必要があります。可視化データから残業要因(多くは記録業務・当直明けの残作業)を分解し、対応する業務削減の施策を組み合わせる流れが推奨されます。勤怠システム単独で削減効果が出るケースは少なく、業務内訳の分析と再設計を後続に置く前提が求められます。

Q. 診療記録の自動化と音声入力、どちらから先に導入すべきですか?

電子カルテの改修負荷と現場の受容性で判断が分かれます。音声入力は診察時間の長い診療科ほど効果が出やすい傾向があり、記録の自動化(テンプレート・過去記録参照)は書類量が多い診療科で先行導入される例が多く見られます。両方を同時に進めるより、上位残業科の業務内訳に応じて片方から着手する方が定着しやすいという報告があります。

Q. 業務再設計の効果は、どのくらいの期間で見えてきますか?

施策の種類によって差があります。書類作成・診療記録の自動化は3〜6ヶ月で医師1人あたりの週間残業時間に変化が現れる例が報告されています。当直体制の見直し・診療科横断のタスクシフトは、就業規則の改定や人員配置の調整を伴うため、効果が定着するまで6〜12ヶ月を見込む方が現実的です。

まとめ

医師の残業削減は、勤怠管理の可視化から一歩進み、業務そのものの再設計に踏み込む段階に入っています。診療科によって残業構造が異なるため、上位1〜2科に絞って業務内訳を分解し、「診療記録の自動化」「紹介状・退院サマリの効率化」「問診の構造化」から施策を組み立てる進め方が、投資判断として説明しやすくなります。まずは自院で残業が多い診療科と、その科の医師が何に時間を使っているかを、四半期単位で把握するところから始めてみてください。

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